ウルズラ・フォンデアライエン、次期欧州委員長の有力候補

5月末の欧州議会選挙の結果を踏まえた上でEUの首脳は刷新されることになるのだが、この新たな欧州委員長、つまりEUトップの候補に上がっているのがドイツの現国防相であるウルズラ・フォンデアライエンである。フォンデアライエンは来週行われる欧州議会内の選挙で過半数を獲得すれば、委員長への就任が決定する。決まれば晴れて50年ぶりのドイツ人欧州委員長誕生になる。

もっとも、このフォンデアライエンの擁立は当初は全くプランに無かった驚きの抜擢と言える。元々新たな欧州委員長に最も有力とされていたのは、こちらもドイツ人、CSUのマンフレッド・ヴェーバーだった。

ヴェーバーは欧州議会においては中道保守のEVP(欧州人民党)の党首であり、EVPは先の欧州議会選挙で最多議席を獲得した。その党首であるヴェーバーが新たな委員長に就任するのが、本来なら最も妥当かつ民主的な帰結となる。本人もその意思がある事を明確にしており、やる気満々と言える程だった。

しかし、これに強硬に反対したのがフランス大統領マクロンとハンガリー大統領オルバンとされる。欧州ポピュリストの代表格であるオルバンの反対はともかく、マクロンにとってもヴェーバーは余程都合が悪いのか、以前から強硬に反対を表明していた。

そして、ここでマクロンが新たに妥協案として持ち出してきたのが、CDUのフォンデアライエンとされ、すったもんだの末に彼女が候補者に決まった。当然ながら寸前で梯子を外されたヴェーバーはこれにぶち切れでマクロンとオルバンを痛烈に非難している。ともかく、そのような顛末でフォンデアライエンに欧州トップの座へのお鉢が回って来た。

そのフォンデアライエンであるが、現在60歳でベルギーのブリュッセル生まれ、つまり来週欧州委員長に決定すれば、晴れて故郷への凱旋となる。因みに、ドイツ人で苗字に「フォン」(von)が付いていれば、貴族の家系だと言われている。

フォンデアライエンは結婚した夫の姓であるが、彼女自身もかつてのノルトライン・ヴェストファーレン州の首相であるエルンスト・アルブレヒトの娘であり、2世政治家となる。その出で立ちはまさに「貴婦人」という言葉がぴったりの上品な佇まいである。

また、フォンデアライエンは7人の子供を持つ医師でもある。政界への登場は比較的遅く43歳の2003年だった。しかし、早くも2005年には第一次メルケル政権において入閣し、2013年にはドイツで初となる女性で国防相となった。一時はメルケルに次ぐ首相候補にまで取り沙汰された実力者でもある。7人の子供を育てながらこの経歴、何れにしても尋常なスペックの持ち主ではない。

しかし、この一見すると素晴らしく有能に見えるフォンデアライエンであるが、ここ数年では数々のスキャンダルで政治家キャリアのどん底と言える程その名声は地に落ちていた。

まずは2017年、ドイツ連邦国軍の将校がシリア難民に扮して国内でテロを企てていたことが明らかになり逮捕された。この他にもドイツ連邦軍に右翼的思想が蔓延しているとされ、当然ながら国防相であるフォンデアライエンの責任も問われる事態となった。事実この将校が以前から右翼的思想を持っていた事は組織内では知られていたが、隠ぺいされていた。フォンデアライエンは2013年から国防相であり、当然知らなかったでは済まされない。

また、当初は1000万ユーロとされた有名な大型海軍練習船であるゴルヒ・フォックの改装費用が、1憶3500万ユーロにまで膨れ上がっている事が明らかになった。船は既に3年余りも修理に出されている。これもフォンデアライエンは把握していなかった模様だ。

更に昨年の秋には国防省が外部のコンサルタントに違法に法外な金額を支払っていたとして巨大なスキャンダルとなった。これも億単位ユーロの金額が問題になっており、事実フォンデアライエンの辞任が現実味を帯びる程にまでこの問題は発展した。これは現在でも解明されていない。

つまり、フォンデアライエンは政治家としてのキャリアのどん底の状況からいきなり欧州トップの政治家に昇天するまたとないチャンスを得たことになる。運も実力のうちとは言え、これらのずさんな管理体制を見れば、当然のことながらフォンデアライエンが新たな欧州委員長に相応しいか疑問の声は多い。とりわけ、その擁立は選挙の結果を反映した民主的なものではなく、密室で行われた会議の妥協案、要するに相当物議を醸す人選であることは間違いない。

そして、既にリベラル勢力は概ねフォンデアライエンを支持しない意向を表明しており、来週の投票は緊迫することは間違いない。カギになると見られているのは右派ポピュリスト系からの票を集める事が出来るかになるが、これらの反EU勢力の支持でもって欧州委員長になるのは、彼女自身にとっても今後大きな足かせになる可能性がある。