今年で第二次世界大戦が終了して74年目になる。この第二次世界大戦の解釈は様々で、例えばAfDのボスであるアレクサンダー・ガウランドは「ナチスはドイツ1000年の歴史においては鳥の糞に過ぎない」と言って物議を醸した。これは論外であり、ナチスの戦争犯罪は決して風化させてはならない記憶でもあるが、現在では多くの隣国も過去を蒸し返すよりは、今後再び同じ過ちを繰り返さないようパートナー関係を強化しようというのが一般的な姿勢であろう。
過去には第一次世界大戦で敗戦したドイツに巨額の賠償金を課したヴェルサイユ条約がその後のナチス台頭の要因になったと言われているので、そういった歴史の教訓もあるだろう。
しかし、現在になってこの第二次世界大戦の損害賠償を請求する事をほぼ定期的に話題にする国が少なくとも2ヶ国存在する。それはギリシャとポーランドである。
このうちポーランドに関しては容易に想像がつく。ポーランドが再びドイツから賠償金を要求すると声高になったのは2015年にPiSという右派政党が政権についてからだ。その金額はおよそ8000憶ユーロ(およそ100兆円)である。
ポーランドはナチス・ドイツの侵略政策で最も被害を被った国のひとつである事は間違いない。ドイツがポーランドに侵攻したのは1939年であり、終戦の1945年までにおよそ600万人のポーランド人が犠牲になった。更に街や村は破壊され、とりわけワルシャワは1944年ワルシャワ蜂起の後徹底的に破壊され廃墟となった。
これに対してポーランドは戦後、東プロイセン、シレジア、ポメラニアの一部を領土とし、ここから追放されたドイツ人の多くの財産を受け取る形となった。その後ドイツも当然ポーランドの被害者に対し賠償金を支払うなどして関係修復に努めている。もっとも、その金額、形について詳しい事まではさすがに把握しきれない。いずれにせよその補償が十分かどうかは今後も議論され続けるだろう。
一方、数年前からギリシャからも賠償金を請求する声は存在する。ギリシャが賠償金の要求を声高にアピールするようになったのは、こちらも2015年以降に急進左派連合のアレクシス・チプラスが首相になって以降だ。その額はおよそ2900億ユーロ(およそ35兆円)である。
ポーランドに比べてギリシャへの侵攻はあまり日本では表沙汰にはならないが、ナチス・ドイツは1941年バルカン半島の戦いで北部ギリシャを攻撃し、間もなくギリシャの要地を支配に及んでいる。その後ギリシャでドイツ軍に対する抵抗が始まると、ドイツ軍は容赦ない残虐行為で多くのギリシャ民間人が犠牲になった。ドイツはその占領中およそ1700ものギリシャの村を破壊したとされる。
更にもう一つテーマとなっているのが、この占領期間中にドイツがギリシャから強制的に徴収した480万ライヒスマルクである。これはドイツ語で”Zwangsanleihe”と呼ばれており日本語に訳すと「強制国債」となる。つまり、ドイツはギリシャから無理やり資金を借り入れ、更なる侵略の資金源とした。この強制国債の価値は現在では利子を含めておよそ80から110億ユーロとも言われる。
ドイツは当然ながら戦後ギリシャにも賠償金を支払っているが、ドイツはこの強制国債を直接的にはまだ返していないとされる。
ギリシャは先週この賠償金の請求を議会が可決しており、単なるパフォーマンスではなく実際に要求してくる段取りである。ポーランドはまだそこまで行っていないが、これに続けとばかりに議会で審議する方針である事を明らかにした。ギリシャが請求するのにポーランドが黙っている訳がないだろう。
ドイツ政府はこれに対して、当時のナチスの大きな罪と人々に与えた苦しみを自覚しているとしつつも、賠償金のテーマに関しては法的にも政治的にもルールに従って解決済みであるとのコメントを出している。
ドイツがこれ以上賠償金を払う必要が無いとする決定的な理由は1990年に締結されたドイツ最終規定条約である。ここでドイツは統一国家として主権を回復しただけでなく、第二次世界大戦に関する全ての要求は解決済みと規定された。但しこの条約の文言の解釈を巡っても例によって複数意見が存在するので、必ずしもそれで完全に議論が集結する訳ではない。
本当にこの賠償金を巡って争いが起きるのであれば、決定するのは最終的にはやはりデン・ハーグの国際司法裁判所という事になる。しかし、結局70年間要求して来なかった賠償金を今になって取り立てる事が可能なのかはかなり疑問が残る。それを始めれば過去にヨーロッパでどれ程戦争が存在したか、もはやきりが無くなる。
そしてそもそもドイツはこのテーマは既に解決済み、つまり現在問題はそもそも存在しないというスタンスであり、普通に考えれば争いにまでは持ち込まれない。故に本気でギリシャやポーランドが賠償金を請求してくるのか注目される。両国とも単なる国内向けのパフォーマンスに過ぎないかもしれないが、ここに来て第二次世界大戦をテーマにしてくるとは、少なくともアンチ・ドイツ的な風潮はヨーロッパで再び強まっていると感じずにはいられないだろう。